(花の栽培技術を飛躍的に向上させる考え方)
左の写真:ノーゼンカズラ,
右の写真:急須(直径,高さとも9センチ)に植えたパキラと,様々な容器に
植えたセントポーリア
栽培技術を飛躍的に向上させる考え方
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1 新しい事実やアイディアを発見するための手法
◆観察力を向上させる。観察したことを記録する
◆日ごろから疑問を持つ訓練を積み重ねる
◆違いを見つける訓練を積む
◆興味,関心の幅を広げ,新しいことに挑戦する
◆常識を疑ってみる
◆改善点を捜す
◆本を多く読む
◆問題点を何とか解決しようとする意欲を持ち続ける
◆人生は自分が楽しむために与えられた時間
2 具体的な取り組みの方法
◆新品目への挑戦
◆新技術への挑戦
1 新しい事実やアイディアを発見するための手法
ぼんやり見ない,ぼんやり聞かない,意識して見る,意識して聞く,毎日何か一つでもよいから,新しい事実を発見しようと意識して見聞きする訓練を積み重ねることが大切です。
なお,メモしたことはできるだけ早い機会にパソコンに整理します。少しずつ蓄積した情報が,いつのまにかまとまった有益な情報になります。こうした情報をもとに書いたのが本書です。
ダイアンサス
たとえば,
★松ノ木の葉はなぜ細い
★イチョウの葉はなぜ秋に葉を落とす
★アサガオの花はなぜ夕方でなく,朝咲く
★キリンの首はなぜ長い
このように,意識して見れば,自然界は不思議であふれれています。疑問を解き明かそうとする探究心が,技術や科学を進歩させます。
さて,少し長くなりますが,私が就職して4年目,まだ作物担当だった頃の話です。詳しい経緯は省略しますが,ほとんど花については勉強したことがなかったのですが,将来花担当に代わりたいと考えていたので,公民館講座で初めて草花づくりの指導をすることに手を上げました。その時に「アサガオの花はなぜ夕方でなく,朝咲く」の質問が出されました。
想像もつかないような質問に唖然としましたが,すぐにわかりませんと言うのは技術員としてのプライドが許さなかったのか,何とか答えを見つけようとしました。すぐに答えが出せそうもなかったので,「とても難しいですが,いい質問ですね。皆さんはどう思われますか?私にもちょっと考えさせて下さい」と参加者にふり,4〜5名にあてたりして,少し時間稼ぎをしました。
答えとして,かなり以前のことなので詳細は覚えていませんが,多分生物の進化の過程と生物の環境に対する適応の話をしました。その結果,答えが正しかったどうかはわかりませんが,参加者には十分納得してもらえたと思いました。我ながら咄嗟によくそのような解答ができたと感心した次第です。その解答は次のとおりです。
地球最初の生物は,熱帯地域赤道付近の海で誕生しました。それはアメーバ状の単細胞生物でしたが,膨大な年月をかけて,数が増えるにつれ東西南北に広がり,突然変異の繰り返しや,それぞれが広がった場所の温度や光などの環境に適応し,少しずつ形や性質を変えていきました。その結果,イルカ,ペンギン,魚貝類,海藻,サンゴ,プランクトンなど多種多様な生物が生まれ,やがて海辺で暮らすようになった生物の中から,今度は陸地で生活できる動物や植物,昆虫や微生物などが現れるようになりました。
このような生物は,あるものは乾燥した砂漠へ,あるものは冷涼な高山へ,そしてあるものは温暖な平地へと生息圏を広げていきました。その過程で最初はひとつの種類であったものが,その住んでいる環境への適応と突然変異,自然交配により,今では多くの種類に分かれるようになったのです。
このような進化の過程で,現在のアサガオも誕生したと思われますが,アサガオが朝咲くのはアサガオが最初に誕生した場所の環境条件が大いに影響していると考えられます。朝咲くのは,朝の条件が最も受精し,実を結ぶこと(子孫繁栄)に適しているからだと思います。受精がうまくいくには適正な温度,受精を手助けする昆虫が飛来できる適正な温度,十分な光が重要になります。そのような適正な温度や光が保たれているのは,その場所では朝だったと考えられないでしょうか。ヒルガオが昼に咲くのは,その場所が朝は寒くて,昼からが昆虫の活動や受精にとって適正な温度になっていたからと推察できます。
私の話はあくまでも仮説であって,本当のことはアサガオにしかわかりません。アサガオを育てることがあったら,アサガオに本当かそっと話しかけてみて下さい。それぞれの花が今日の姿になった経緯,その壮大なロマンに思いを巡らすと,生命の神秘,それぞれの花の魅力がもっとわかり,育てることがもっと楽しくなると思いませんか?
写真は,自宅でグリーカーテンとして育てたアサガオです(2012.8.8撮影)。
カリブラコア
たとえば,
★松の木とイチョウの違い
★アサガオとユウガオの違い
★コーヒーの銘柄(名前)ごとの味の違い
違いに気づけば,なぜその違いが発生するのか疑問を持てるようになります。コーヒーには産地や出荷地によって,ブルーマウンテン,モカ,グァテマラ,キリマンジャロ,ブラジル,アメリカンなどと色々な銘柄があります。その銘柄によって,酸味,苦み,コクなどの味わいが違うと言われています。
その違いが分かる人は,いわゆる通と呼ばれ,コーヒーの奥深い味わいに酔いしれることができるのでしょう。どのような銘柄を飲んでもコーヒーとしか認識できない人よりも,銘柄の違いがわかって味わう人は,より人生を楽しむことができると思われます。
昔テレビのコーヒーのコマーシャルで狐狸庵先生(作家の遠藤周作)が,コーヒーを飲みながら「違いのわかる人」と言っていましたが,それ以来その言葉は私の心に深く刻み込まれて,とても参考になってきました。
園芸の世界では,同じものがたくさんある中から違うものを見つけて,新品種の発見につながる事例があります。ひとつの株や樹の枝に,非常にまれに違った色の花が咲いたり,違った色の実や大きな実がなったりする,いわゆる「枝変わり」の現象が発生することがあります。近年みかんの仲間の晩柑類で有名になった紅甘夏(べにあまなつ),大将季(だいまさき)はまさに枝変わりから生まれた新品種です。花では,カーネーションはこの枝変わりから,他の品目に比べるとかなり多くの品種が育成されています。
いつも同じことばかりしていると,新しい発見に至ることは難しいと言えます。いつもと違った食べ物を食べる,いつもと違った服を着る,いつもと違った音楽を聞くことで,新しい発見があると思われます。
外食の際に,ワンパターンでかつ丼ばかり食べないで,たまにはイタリア料理,中華料理,フランス料理などを食べてみると,こんなにおいしいものがあったのかと衝撃を受けることもあるかもしれません。おいしい店を捜しに,食べ歩きをするのも楽しいと思います。
花栽培についても,毎年同じ花ばかりでなく,今まで育てたこのない花に挑戦してみましょう。そうすることで,新しい知識や技術を習得できます。
何が問題点なのかわからないことが多いのですが,常識を疑ってみると,問題点が見えてきます。私がこの本を書けたのは,これまでの園芸の常識を再検討したことが大きかったと思います。
ロベリア
たとえば,
★鉢の受け皿は必要か。受け皿に溜まった水は捨てないと
ダメか
★挿し芽用土は,庭土ではダメか
★挿し穂は,長いものではダメか
★露地で多肉植物は育てられないか
自分が困っていること,問題点が改善点になります。また,現状に満足しているだけだと,新しい発見や発展はありません。もっと安く,もっと楽に,もっと速く,もっと多くできないかと,改善点を積極的に捜すことが重要です。改善点はないかと,絶えず考えていると,新しいアイディアや技術が思わぬときに浮かんできます。
こうした視点から,栽培上の問題点を再度見直し,新技術を提案したのが本書です。
有名な哲学者ニーチェは,「経験は認識の第一義的基礎である」と言ったそうです。人は経験することで,考え方を学び,深めていきます。しかし,自分で経験する範囲はごく限られています。本を読むことで,多くの人の体験を追ってすること(追体験)ができます。故西堀栄三郎さんの南極越冬記という本がありますが,この本を読むと自分では決して行けない南極の話が手にとるようにわかります。ただ単に南極に関する学術情報だけでなく,南極に行くまでの,そして行ってからの様々な苦労とそれを乗り越えるための努力がとても参考になります。
特にアイディア発見,考える技術,企業の新製品開発などに関する本をたくさん読むことは大いに参考になります。それらに関するテレビ番組(がっちりマンデー,プロフェッショナル仕事の流儀,ガイアの夜明けなど)も欠かさず見るとよいでしょう。
そのことについて,ずっと考え続けることが大事です。考え続けているとふとしたときに,アイディアの発見に至ることがあります。問題の解決を決してあきらめない,「できない」と自分で壁をつくらないことが極めて大事です。どんなにささいなことでも,わからないこと,困っていることをそのままですまさない姿勢が大切です。
大変なこと,困ったことは色々ありますが,その解決法を考え,行動することに楽しみを見つけられるようになりたいと思います。
人から与えられた仕事,課題は,いやいやしなければならないことが多いと言えます。ところが,それを,できるだけ早く,安く,楽にと考えながら,自発的に取り組むと,もっとおもしろくなります。
趣味の花づくりは,仕事ではないので,もっとおもしろくできます。上記のことを考えながら,もっときれいな花をたくさん咲かそうと努力すれば,いっそう花づくりは楽しくなると思います。
人生は自分が楽しむために与えられた時間です。一度しかない人生ができるだけ楽しくなるように,この本を活用して今後とも楽しい花づくりに取り組んでいただければ幸いです。
2 具体的な取り組みの方法
きれいな花がたくさん咲けばうれしい限りです。栽培の結果は
もちろんですが,自分なりに考え,工夫し,苦労しながら開花に
たどり着くまでの過程こそが,花づくりをもっと楽しくさせてく
れる,と思います。花づくりの楽しみをもっと広げるために技術
のレベルアップに挑戦してみましょう。具体的には,次のような
ことに取り組んでみるとよい,と考えます。
毎年同じ花でなく,新しい花や品種の栽培に挑戦し,技術のレベルアップをはかっていくと,花づくりが一段とおもしろくなります。さらに,開花期を長くできないか工夫するとより楽しみが広がります。
仮に失敗したとしても,その失敗で花の特性がよくわかり,そのことが次ぎの成功へのステップとなります。花が見事に咲きそろった時には新たな感動に満たされ,その感動が次ぎの花づくりにつながります。
何事も教科書(マニュアル)どおり,教えられたとおりやってばかりいては,技術の向上はありません。思い切ってもっと違う方法でやってみることが極めて重要です。
挿し芽,株分けで色々な植物を増やし,本来適しているとは書かれていな様々な環境で育ててみる,たとえば
@本来強い日差しが適していないと言われているベゴニアなどを,あえて日差しの強い
場所でどの時期まで問題なく育てられるか試してみる,
Aどのくらいの低温に耐えるか,霜の降りる場所,軒下,室内の温度が低い場所などに
置いて耐寒性をみる,
B梅雨時期にわざと露地で育てて,病気や過湿に強いかどうか確認する(マンデビラを
令和3年5月上旬に購入したのですが,しばらくするとこれまでに2番目に早い梅雨に入
り,雨が続いていましたが,しばらくすると下葉に褐色の斑点が見え始めました。ほと
んどのネット情報では,マンデビラの病気は特にないとのことでしたが,カビの一種で
ある糸状菌による褐斑病であると思われました。それで,鉢を雨の当たらない軒下に移
動し,枯れた葉を除去したらその後病気は止まりました),
C色々な鉢物の植物で,季節ごとに葉がしおれ始めるまでの日数を調べてみる,
などといったことを試験的に取り組んでみるとよいでしょう。
そうすることによって,植物の特徴がいっそうよくわかり,時には新しい事実や技術の発見にいたることがあります。本書に書かれた新技術は,まさにそうして確立できました。
3 栽培記録の整理
オプティオスペルマム
きれいに花を咲かせることができない場合には,栽培上の問題点がどこにあるか突き止めなければなりません。@は種,植え付け,摘心,整枝,追肥などの管理が適期に正しいやり方でなされたか,A品種の選定,土づくり,施肥,排水対策,病害虫対策,強風対策などは適正になされたかなどについて,十分検討する必要があります。
こうしたことを検討し,問題点を解決するにあたって,栽培記録が大きな手がかりとなります。自分自身の力で,疑問や問題点をひとつずつ解き明かしていく過程はなんとも言い難い楽しみ,いや快感とさえいってもよいでしょう。また,こうした過程で,新たな情報や技術が加速度的に身に付き,記録することが楽しくなります。
なお,記録を続けると,よく観察するようになりますが,思わずして新たな事実やアイディアを発見することがあります。ただ単に頭の中で考えているよりも,その効果は大きいと思います。何でも書いてみることをぜひお勧めします。播種・植え付け・切り戻し・追肥などの栽培管理時期や,発蕾・開花時期,それらの時期の草丈,病害虫の発生状況,耐暑性,耐寒性などを,できれば前年以前の内容が一目で見られる「三年(以上の)日誌」か,パソコンソフト「エクセル」などで作成した様式に,記録しておくと,次年度以降の栽培にとても参考になります。
特に発蕾日・開花時期,それらの時期の草丈についてのデータについては,過去のデータと比較すると,当年度の草丈の伸び,開花が順調であるかどうかがよくわかります。草丈の伸びが悪かったら追肥,水やりを検討してみます。伸びすぎていたら,追肥は控えます。発蕾日・開花時期からその年の気象が平年並みかどうかわかります。
私自身は庭造りを始めた時から,栽培記録をパソコンで入力していますが,この本の原稿を書くのに記録がとても役に立ちました。
4 趣味を同じくする人たちと情報交換する
アネモネなど
栽培記録などについて,開花期に情報交換をできる仲間がいるとさらに楽しくなります。情報交換することで,自分が知らなかったことを早く学ぶことができます。また,お互いに自分が栽培していない花の苗や種を,交換し合う楽しみもできます。塩ゆでした採れ立てのエダマメをつまみにして,ビールを飲み,花を見ながら庭で談笑するのもよいでしょう。